2025年5月アーカイブ

貨幣の流通速度について考えてみたら、結果的にこうなるのかというお話。1ターンの集計で、貨幣の流通速度は同じ貨幣が繰り返し使われる回数で求められるが、要するにどういうことかというと、最初に10の支払いをした買い物の結果、そのお店から例えばそのターンで8だけ給料として払われて、そのうち従業員が7だけ同じターン内で買い物に使うとしたら、「有効需要は10+7」、(貯蓄的な内部留保としての貨幣選好のような事も含めて)集計結果の消費性向は0.7となるのか(10の貨幣のうち3だけ消費に回されないので7/10となる。最初の10の支払い例えばそれが投資で、貨幣を借り入れて市場に追加的に持ち込んだとしたら、同じターン内での波及効果が7あった事になる。貨幣の循環と波及効果が結びつく議論になる。)、用語はとにかくとして、45度線で説明される波及効果の教科書での説明と同じお話になりますか。(線をシフトさせるのは政策上の話でタラレバ論。もしくは近い未来に有効需要の変化がある事が確からしいような時にどうなるのかを話題にするときのツール。)そうすると、その後の章ではマクロの教科書そのままなぞるような方向性になるのか、ここで教科書を読もうか読まざるべきか、それが問題か。
そういう取引構造で貨幣が継続的に循環しているという社会が絵になりました。まだ絵は完成しておりませんが少し前に濃度と書いていたことの関連。社会の構成員全員の存在を図示できるようにという一つの目的でしたのに、教科書との絡みで、まさかひっそり書いてきたブログが自らの立ち位置の収まりどころを見つけだしているというのか。
Wikipedia2でまだ読めていなかった内容に関しまして、いわゆる"限界"の情報を数式に含めて一般化しているのかどうか。次回確認してみようと思います(・・・弾力性と書いてあるなあ。)
N賞受賞者様の教科書はミクロとマクロの繋ぎが上手というお話をずいぶん前にどこかで聞いたことがありますけれど、このブログはミクロ側を差し替え可能という可能性について考えてきたという。教科書に寄せすぎでは創造性が欠如していかん。歴史ロマンがある。


(5/30追記)
お金の循環構造と時間が関係する。思考実験で、鶏卵はとりあえず気にせず、
・1年に1回、365人分の稲を作って売る活動。→生産者は1年に1回まとめて1年分の貨幣を得る。1年で、365回買い物をする。「それを貨幣量365と呼ぶ事にする」
・毎日1回お弁当を売る活動。1年で365回「貨幣量1*365回」。→お弁当の販売者は365回、貨幣を得る。→だいたい30日毎に仕入れを行う。「1度に30の支出」
・お弁当作りの為に、1カ月に1回仕入れを行う。「貨幣量約30*12回」
・お米の卸業者はお米を1年に1回「365」仕入れ、月に1回「約30」をお弁当屋に売る。
ここで利益は考えないことにする。(3つの波の合成でも表せそうな例です)
3man_graph.png
米を売って「365」のまとまった貨幣を入手→毎日のフローで「1」の消費活動での出費・・・・・30日後→「30」の量のフローが発生
1年で、「365お米販売+365お弁当消費」・・・有効需要の集計方法はこれで良い?
(お米はお弁当の中間生産物、業者は透過的に存在するが貨幣循環の役割を担う。それとも貨幣量の図の上向きのプラスをすべて集計して365*3とするのかどちらか集計ルールブックに記載しておいて下さい。これは冗談まじりで。)
最初に365あった貨幣は3者によって、「365*3」の貨幣量だけ1年で取引に使用される。そうすると実際の貨幣量に対して循環したのは「×3」なのでこれが流通速度の計算となる。これは、卸業者が投資して365一度にまとめて買い取った波及効果といえる〇△□(趣の問題か「波及効果」の表現にズレを感じるかもしれず必要あれば、後で修正しましょう。波及効果というと、最初の「365」より大きい分が教科書ではそれを指すでしょう。)
(卸業者とお弁当屋は、お弁当を買わないの?おかずはどうするの?という疑問は、お弁当屋と卸業者はお米の一部を仕入れ分から消費して、貨幣で取引をしない魚釣りをしながら生活しているお話にしておこう。このお話では3人分の存在を語れた(初))

宝島

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小さい頃に映画"宝島"を見てスペン銀貨と何度も唱えすぎた為、未だに印象強く記憶に残ってございます。

大航海時代のお話で、航海前にお金を貸して、貿易船が無事に帰りつけば利子分が手に入るという銀行業について、どこかで例に挙がる事がありますが、これが先の図の、貨幣を市場に投入する的な投資(I)にあたるかどうかを考えてみましょう。

投入したお金は、航海前に、食料・燃料・乗組員を雇うお金にあたりますので、乗組員がすぐに消費しないお金以外は、当期の有効需要となりまして、一部は貯蓄扱いとなります。
(1)船が計画通り戻った場合
貿易では、外貨を稼いで帰るので、銀行が元金と利子を回収、乗組員のボーナスとなる貨幣量の増加が見られます。(帰った直後は貯蓄扱いで良さそうです)
出航前に既に、有効需要として使われた金額以上に、貨幣が増えて循環する資本が増加します。

(2)船が沈没した場合
残念ながら乗組員が、船に持ち込んだ貨幣は、回収不可能となってしまいます。
新たに貨幣は獲得できなかったという結果になります。

貨幣量が多くなる場合と少なくなる場合を考えてみる一例として考えてみたのですが、貿易の要素(=外貨)が加わると、図を拡張しないといけませんが、内需でも、当期1タームの貨幣循環の原資となる貨幣量は増えたり減ったりします。
教科書で最初に教わる45度線の図では、(1)は"I"の増加として扱われます。船が帰った後の貨幣の増加は基礎的な教科書では効果が扱われていませんが、次のタームで貨幣の投入量(投資"I")が大きくなりやすくなる事でしょう。
船が出航すれば、(1)と(2)は、その時点で有効需要の増加は同じ事として単純化できそうです。万一、沈没すると銀行のストックの貨幣量が減り、それも次のタームに影響するかもしれません。有効需要は、帰ってきた後の乗組員のパーティの有無で(1)と(2)で違いが見られる事でしょう。

実際のところ

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さてさて、ここ数回は、外部の知の集約情報を参照して題材にしましたが、お話をもとに戻し、われわれは有効需要ベースの貨幣循環の取り扱いに成功したことになるのでしょうか。ここまでを第1巻として、続編ではさらなる拡張を行ってまいりたいと思います。

貨幣量が一定の量循環するような例を図で確認しました。それによって、箱庭の環境で貨幣循環が可能という可能性は示せたと思います。実際のところ、各期において貨幣が循環する量が多いことも少ないこともあるわけです。そうなると、現実の経済ではそれがどのように変化しているのかという、より実社会よりの事が関心となるわけです。そういった事を調べながら、"なぜか上手くいっている"ような仕組み・仕掛けについて、解き明かせるように期待しつつといった所です。

書店で並んでいた『ISBN978-4-535-55976-9』という書籍を手に取りまして、新版としては5年前に出版された参考書ではありますが、目に鱗なことでありましょうから、専門家の方々の方法を参考にさせて頂きたいと思います。(ご迷惑をおかけしないようにせにゃならん。)

それでもって遅ればせながら流行りのAIも、どんなロジックで動作しているのか、しばらくそのような学習によるINPUTをエネルギーに走行して行きます。新幹線は久しぶりに乗車しましたところ、かなり軽量化された乗り心地に変わったなあという印象でした。行きは四角いペットボトルの緑茶。帰りの電車のピーナッツとビールの匂いが思い出な乗り物です。

Wikipedia2

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Wikipediaの「貨幣数量説」の項の後半を読んだ感想

マネタリストのお話はより詳細を知らないと何とも言えないけれど、新しい投資話の活動が次々に生まれていくような状況なのか、1回の投資話が1回ぽっきりで終わるようなお話なのか、後者の状況について述べているような印象です。

ケインズの一般化した数式にまではこのブログではまだ考えが及んでおらず理解の下地が不足している。
そのほかの内容についてはその通りだと思った。

商取引の慣習とは、1労働者であれば、IN-OUTの問題で、給料が1カ月に1回支払われるのか、日払いなのかどうかがIN側で、OUTは、給食代金として1か月分まとめて払うか、学食で毎日払うかの違いで、貨幣の流通速度が異なることになるかどうかという点が関心となる(活動貨幣に限る)。ここでは勤務形態の良し悪しは関心ごととは違いまして。この点はこのブログのお話に寄せた内容で、経済全体で束ねてのお話ではありません。
そして、統計処理での認識のお話でもあるとすると、割り算して1日あたりで速度を求めると、上の例では月払いと日払いは同じだけの貨幣の流通速度となりますが、これは、ひとりの人間の食欲のリズムを、貨幣の流通速度で表現する例でございまして、結果として、お腹の減る量と満たされる量が一定であれば、貨幣の流通速度で表現できる量としては勤務形態に限らず結果はどちらでも同じなのですが、カレーとラーメンを1日おきに注文できるかどうかは制度次第となります。貨幣の流通速度から語れる内容について、応用には一考の余地がありそうです。ミクロ。

マクロで束ねたときに、新規の投資活動の規模も問題になりまして、経済全体で記号にした時のY(とかQ)が「1000」だとした時の、投資の活動がそのうちの「1」、つまり1/1000の場合と、1/10の場合とでは、全くもって影響が異なります。比較して、前者の場合は、誤差程度のちょっとした物価の変動で、投資があったのかなかったのかがわからなくなるような、統計値としての現れ方になりそうです。
(現実問題、金融政策に関しての場合では、どれだけの効果を期待して行うのかという事もニュースで伝えられる話題にしてほしいと思いました。)

時事ネタで、コメの話題が備蓄米が5kgあたり3000円、昨年の秋に収穫されたコメが4000円で売られておりまして(1000円未満切捨て)、備蓄米を流通させる目的は、コメの値段を値下がりさせる事を期待しての事でしょうけれど、4000円のコメが需要と供給の都合で3000円に値下がりするのかどうか、調整のプロセスには商取引の慣習も関係するようでございますね。Wikipediaの「米騒動」の項によりますと「主食の多様化でコメ不足による民衆暴動が起きなくなった」そうで、軽口ではありますけれどコメに限らずこの頃の物価高はどれだけの事で騒ぎが起きるのか我慢比べをするような状況で、大衆の心理を煽るような方向として認識しておきまして、現状ではお金持ちに言わせてみれば気にならない程度と言った所ではないでしょうか。

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