神の見えざる手

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さて、分かってしまったのかもしれない事を書こうとして、2回目の投稿。

要するに、当期で支払われる賃金の全合計に相当するコストと、利潤を目的にそれ以上の金額を、(消費財に)価格設定することで、取引される価格(ここでは物価に近い)は、コストに依存して決定する。ここでいうコストは賃金であり、家計の収入となって消費の源泉となるのだから、市場全体で考えると、家計に支払われた量が、どれだけ回収されるか。支払われる金額の水準が結果的に決まれば、というか何かしらあれば、その水準で、次のターンで生活可能な「取引」を行い、それは、パンとか肉とかの商品の種類もそうだけど、取引される供給量の面では、分業によって効率的に供給可能であると(前々回のお話)している。
利潤を目的とするので、需要のない商品は生産されないようになり、当たり前ながら、需要のある商品が市場に供給される事になる。投資財の価格もあるので、整理しないといけないけれど、言いたいのはそういう事である。

不思議なのは、それぞれの商品を生産するときに、直接は生産工程で関係のない商品においても、価格がリンクして、大きく(大げさには支払われる桁がちがうとか)賃金にバラつきがないように、うまいこと調整されるものである。この調整はどのように物語に書けるのか。
(最低賃金がきまっているとか制度もあるかもしれないけど。いまのところ、それは扱わない。)

この書き込みのタイトルから何か書こうとした事があったのだけれど、スルっと手からこぼれ落ちたようで、本日はここまでにしようかな。
作れば売れる前提ではなくて、なんらかの需要があるものとしている。売れるように、という動機があるので、需要を満たすように、という正解を目標に、とは言えやってみないと分からない行動をしてみるように。将来に向かって決定を行い、駆けるのである。

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このページは、ゴン太が2021年2月 2日 02:24に書いたブログ記事です。

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