同じく日用品について、投資部門も含めて考えてみよう。投資財の生産工程で支払われる賃金が多いとき、多いといっても、人口の割合で投資財の生産に従事する労働者の人口が多ければ、日用品(需要)が金額で大きく取引される。例えば、(いま特段に銀行について考える必要もないけれど)銀行からの借り入れが多く、高度なスキルが要求される投資活動( or 将来的に高い収益が期待できたり)が行われて、投資財部門で支払われる賃金が、割合的に消費財生産の賃金より多い場合、これは、消費財が高く買われがちになって、日用品の価格が大きくなるかもしれず、また価格に影響せずに低めの価格が維持されて、部門間のギャップによって多めの割合の賃金を得ている投資財部門の労働者によって、そのギャップが貯蓄される結果になるかもしれない。部門間のギャップについては、今見たように、投資財部門(の消費者)に留まるか、あるいは、日用品の価格に波及して、日用品の生産者の利潤が大きくなるか、どちらかとなる。後者のきっかけは、日用品の生産者が、市況判断により、価格を高く設定して、より大きな利潤を得られるように行動することに起因する。なんらかのアクションが必要である。
結果の数字を確認すれば、ストックがいまの例では、生産者の利潤か投資財部門の労働者の貯蓄のどちらに落ち着くのか、「価格設定」という判断によって、経路が変わってくる。ギャップの存在も、一時的にであるかどうかはあるにせよ、利潤の源泉になっているようだ。
この辺の話は、日用品の生産者が気づかなければ、投資財の生産者に支払われる賃金の比が大きくなっていたら、投資財の生産者の方が"おいしい"思いができている事になる。だからと言って、ずるいとかいう話でもなくて、"調整"が行われていないという話でもなくて、これは正しいとか正しくないとかいう話でもなくて、ただそのような状況が、大げさに言えば歴史的にあったということになる。もっとも、バランスしていた方が、公平なように思われるけど、この点は今はこれ以上議論しない。
と、いう事は、部門間にギャップがあるときに何かをしてくれるかしてくれない、"神の見えざる手"とは、結局のところ、人が良いと思うタイミングで、良いと思う方向に価格変更をするという行動のことだという話でよいのか。結果、利潤がストックされる場所が変わる事をいま確認したところである。"調整神"が不在でも構造が支えるのだろうか。これは疑問であるので課題にしよう。
商品の種類も数多く存在するので、すべてを追うのは大変である。
食事のようにすぐ消費してしまうようなものもあれば、自動車のように複数年使うような消費もある。このごろ話題にしたように、賃金の分配にも差がある。いくつもの要素が混じって込み入ってくる。さらに一歩踏み込んで、構造的に重要ないくつかを紐解けばよいのだなあと。
株取引、金融商品とかもいまだ物語で扱っていない。
つづく
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