想像に過ぎない仮説

| コメント(0) | トラックバック(0)

(原始時代を想像して)市場ができる以前から社会性があり集落があった。
狩の獲物を分ける為に自然発生的に市場(交換する場所)ができた。
エージェントの数がほどほどに多い方が安定する。

貨幣を使うようになったきっかけは確かめられないが、貨幣に限らず"貴重な品"は存在し、価値が高いor低いという評価はできた。
貴重さの重みづけ*量・・・2つの品で交換比率が決定する。物々交換

金・宝石との交換比率が、貨幣の起源?
宝石とは、貝だったりしたのかもとか(貝は主食だったのかとか)
税として扱われるようなもの(主食)が商品貨幣になりやすい(?)

なんとなく商品貨幣っぽいものがあるとして、コンピュータプログラムで表現できるのかな。
タイトルに仮説って書いたのに、"説"になってないですね。疑問ばかりです。

(12/13)
こんな事書くと"けしからん"とか言われるかもしれないけど、その時代があったとして支配者というのは等価交換をしなくてもよい権力を持っている。そのような社会では貨幣を循環させるよりも、物(商品)を循環させる事が先だ。その意味では貨幣を使って交換する民衆は、消費者としては貨幣という道具を使う事で、ルールの上では平等になる(それを得る手段は別として)。もし、統治者が必要な生産量を決めるとすると社会主義のような制度があらわれる。
もし、それとはまったく別のシステムで、それぞれの民衆が自分で生産する商品を決めるような社会があったとする。親の生活に近いような暮らし・働き方をするとか(カースト制度っぽい)。安定して生産量が増えれば人口も増える。(人口が多い事は戦争に有利に働く等。)

ここでは、あれこれ想像で書いているので、適当にルールを決められるのですが、この先のお話を進めるときに想定しないといけない事ですね。ある程度の時代背景とか。

(12/15)
そうした時に、学術論文を書こうとしたら、過去の著作物という共通のお庭があって、それに対して盛ればよいから、一から何かを説明しなくても良いのか。解釈の違いはあるにせよ。

想像の続き
富や権力の象徴として、財貨を蓄える行為もあっただろうけど、それらは、権力者ではない庶民が商品を手に入れるための経済循環とは異なる経路と考えた方が話がしやすいかもしれない。それらの権力者が蓄えた財貨で裏書きされた物(石とかお札とか金属とか)が貨幣の起源だろうか。権力者が貨幣を配る為に、信用を持たせる説明として易しい説だろう。その時の交換比率と税としての物(稲etc)の循環を絡めると、どうなるのかな。全て、裏書してから貨幣を配布するとは考えにくい。

(12/21)
やっぱり社会で物を分かち合うって事は必要で、いわゆる"物流"を行っていたのですよね。"交易"という表現でも同様ですが、いま考えているのは、どちらかというと、集落とか狭い地域内で、ざくっと(?)2000年~1500年前はどのように経済活動をしていたのかという事を想像しています。
ロジカルに考えて、交換比率は市場にまかせて、その時代の権力者(力の強い者とそうでない者がいたでしょうから)が貨幣となるような"素材"を、物流の中で"何かとすり替えて"、「これを貨幣と呼びますので使ってくださいね。」と決定したのだろうか。

権力者がいたとしたら、それは存在する時点で、決定権を持っている存在である。
「計量・測量」の技術があり、最初は単純に個数を数え上げていたのかもしれないが、やがて"価値"を数字で表現するようになった。もちろん2つの物を比べるときには、何かの基準が必要で、比較相手の商品を用いても物々交換は成立する。市場に参加する人たちで共有する物を、"貨幣"と呼んでいる。基軸となる物(商品)があったのか、"価値"を共有することが出来た。
その価値はどうやって与えられるかというと、繰り返しになるけど、基軸となる商品の存在かな(?)。兵役の報酬として現物を直接手渡すより、*あとで商品渡す事を約束した文書(お札等でも)*を渡す方が、楽だ。それで、後から、交換所(お城とかガラポン景品所とか)で引き換える。その*文書かお札か何か*を持ってさえいれば、いつでも受け取りが可能である。そうすると、その権力者によって信用が与えられた*文書かお札か何か*は、誰が持っていても同じ価値を持つことになる。
あとは、その価値を共有する*文書かお札か何か*と市場においてある商品との交換比率が、自然と(!)決まってくる。「自然と」とは、(交換が必要な事は前提としてあって、)交換を行う時には、比率を相談なり、何なりで決めるので、決めない事は出来ないという意味です。交換の事実が繰り返されると、「だいたいこの位」のような共通認識ができあがる。(共通認識ができると交渉がスムーズになるだろう)
最終的に、価格(という数字)だけ見て判断し、行動する(できる)ようになる。
以上が、"貨幣はお城で生まれた説"です。
ただし、この説の貨幣は交換券なので、報酬を"品物"と交換すると、貨幣は回収されて"消滅"しまいます。一つの商品との交換券ではなくて、"何とでも交換できる"ようなデバイスにする拡張があっての貨幣なのかなと考えました。交換所が市場になり、価格付けもされているという前提で。その土壌がどうやって整備されたのか。法なのか、自然発生的なのか。

お城の報酬支払制度と、同じように、民間企業でも労働の報酬として*何か*を支払いますが、お城で支払われている*文書かお札か何か*と共通の物を支払う事になれば、その社会で統一した貨幣が出現します。(規模の大きな民間企業が*後で支払う事を約束した何か*が、社会的に信用があって、数も多く流通していれば、民間由来の貨幣が出現する。)
数種類の貨幣が混在していても動作可能である。(権力者によって、社会で用いる貨幣が一つに決まる以前は、そのような"貨幣に類似する"基軸商品がいくつか混在していたのではないか。ざっくり米と魚とか。)
統一した貨幣とか、貨幣が一つに決まるとか言っているのは閉じた経済圏の話をしているからです。
貨幣の物理的な量・流通量は必要だと思うのですが、とあるプログラムでどうやっていたかというとあらかじめ"貨幣を使う事"をルールに組み込んで価格で動作していました。

この文章は空想です。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://toaru.teginkei.info/mv/mt-tb.cgi/90

コメントする

2025年6月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

アーカイブ

リンク

このブログ記事について

このページは、ゴン太が2016年12月 9日 00:27に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「12月だ」です。

次のブログ記事は「recommend」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。