いつの時代のどこかのこと

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人間が生活する中で貨幣流通が発生しますが、多くの人が働いていないと流通しないし、消費しないと生活できないし。生きるために働いて循環する。というイメージを持つと、いつも当たり前のように通り過ぎていた建造物も、これだけ大きな物が建つのにどれだけの社会的な基盤が必要なのか?とか思いますけど。これだけたくさんの人が関わって、(それぞれが知らない所で)どんな風に変わっていくのか。一言で言ったら分業だけど。うーん。奥が深い。自由主義社会だとか言ってなにも計画性がないわけではないか。公共投資?税制度とか貨幣循環を決めるルールはあるけど、それでどれだけ秩序だっているんでしょうか。バランスっていう言葉だと曖昧か。

(11/9)
こないだ(といってももう数年前)に作ったプログラムでは、需給調整の増減をきっちりルール付けましたけど、現実世界の生活においても需要にはプラス側とマイナス側の動きが結果としてわかる統計値としてあって(もちろんその根底には1件の消費がありまして)供給側でもそうだけど、何を書きたいかというと、自律分散であると、あんまり無駄が大き(誰も得しない、持続不可能)な事はしないでしょうから、その意味で"調整"される。その調整は、全体を見渡せなくても、(先の将棋の例のように)2~3手くらいの範囲で持続可能な(と思う)判断をすればよい。(結果的に持続可能でなければ倒産などの結果になりますが。)
当たり前すぎて、何を書きたいのかぼやけたけど、皆で仕事をして必要な財・サービスが提供されて、必要とされるだけの量が消費され(裏では貨幣が流通)、そうこうしているうちに、こんなに生産技術的にも社会が成長してきています。という事で。みんなで働いて、みんなで消費して、この世は回っている。
これをシステムの基盤としつつ、社会的な云々カンヌンを含めて動いていますか?とか、システム上のあまりよろしくない点を議論しましょうと。

ちょっと同じ匂いがする本『経済学の犯罪』を読んでみます。

(11/11)
これでアダムスミスさんの言いたい事が少し分かったかもしれませんが、ここから、"調整"に最適化を組み込むと別のルートに至るようで。個の最適な調整とだけで済ませてしまうとそれで話は終わってしまう。(消費者が家計部門だけのモデルだとすると)最終的な消費という単位であれば個人に委ねられるとなるかもしれないけど、労働とか供給側の調整・賃金分配・資本家の投資等あれこれを含めるともっと生々しい感じに見えるのかなという所なので、このお話もあと一歩つっこまないといけませんね。

(11/)
複雑ネットワークってどんな道具でしょうか。
どれくらい繋がりがあればこのシステムが動いていられるのかとか。バランスとか。

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このページは、ゴン太が2015年11月 2日 00:57に書いたブログ記事です。

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